先日亡くなられた梅本博子氏の葬儀があった。非常に遠い親族の一人ではあるが、ご町内の方の暖かさを感じ、故人が大津の町を離れなかったのも分かる気がする。本当にたくさんの方のご会葬をいただきありがとうございました。
なぜ囲碁が好きかと言えば、囲碁が面白いからにつきるが、無理矢理何か付け加えるとしたら、基本的に「勝った方が正しい。」と言うことがある。世の中の事柄は意見が分かれる。それぞれに言い分があり、何が正しいかは判断できない。囲碁は勝ち負けを競っているのだから、勝った方の囲碁が負けた方の囲碁より正しいとなる。けっして年齢や性格の善し悪しで決まるのではなく、盤上で善し悪しが決まる。囲碁は盤上が広いため絵を描いているような感じがあり楽しい。盤上でいろいろな絵を描き実際に勝てたときはただただうれしいものだ。
私の仕事はほんまものではない。しかし私ができるほんまもんのしごとはあるのか。あってとして今からできるのか。私には温かい家族、一族がいる。私が明るく振る舞うことが唯一私に出来ることかも知れない。私はがんばる、がんばる、がんばる
趣味は囲碁だ。なぜ囲碁なのか・・・・・。それは囲碁というものがおもしろいということにつきる。囲碁にはいろいろな格言がある。「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし。」私の好きな格言だ。囲碁をうっているといろいろなことに気づかされる。囲碁は人生そのものを考えさせる。
どちらかというと古い物が私は好きだ。本物のにおいがするからか。落語もよくわからぬまま時々見に行く。ここ何年か林染会という落語ファンクラブにも入っている。今年は行かなかったが地元大学の落研の発表会にも2年連続で見に行った。落語に興味を持ち始めた頃、テレビでタイガー&ドラゴンが放送された。極めて質の高いドラマだったと私は思う。私が好んで飲む大阪池田の呉春も枝雀が好きだったから飲んでいる。落語は歴史を感じさせるような気がする・・・・・。
いささかたわいもない趣味が私にはいくつかある。その一つは国内旅行だ。国内にこだわっているのは、そんな遠くにいかなくても近くにいい物があるという持論と単なる飛行機嫌いとからだ。山梨のワインも驚いた。ワインはヨーロッパという感じがするが山梨のワインには将来性を感じた。ある雑誌には現在日本料理が外国でうけているという。それと同時に日本のお酒も脚光を浴びつつあるらしい。山梨ワインも最近ヨーロッパへ輸出されたとか。山梨、勝沼での驚きをうまく伝えられない私の文章力がもどかしい・・・・。
本年度より滋賀にバスケットボールのプロチームが発足する。小、中、高とへたくそながらバスケをしていた私にとって、バスケ観戦は妻に威張れる数少ない場所だ。ここ何年か旅の途中で天皇杯や世界バスケ、はたまたマスターズのバスケなど妻を伴って観戦してきた。素人(妻)にはどうかと思ったが、コートが思ったより近く迫力があり喜んでいた。チームファールなどのルール説明はもちらん、私はヘッドコーチになった気分で妻に一方的に今後の作戦を伝授した。全く意味はないのだが・・・。そういえば、東京での試合で、なにげに内海ヘッドコーチがわたしのそばをとおる。元ヘッドの小浜氏もいる・・・・。
バスケは依然マイナーなスポーツだが同時に将来性も感じる。みんなで湖国のスポーツを観戦しようではないか。いい気分転換になり、また、振り返ればいい思い出になるはずだ。
以 上
バスケは依然マイナーなスポーツだが同時に将来性も感じる。みんなで湖国のスポーツを観戦しようではないか。いい気分転換になり、また、振り返ればいい思い出になるはずだ。
以 上
酒の味が分かるわけではないが、多少私は酒にこだわっている。桂枝雀が好きだったというだけの理由でここ何年か、町で呉春を見つけると晩酌として愛飲している。近江にも地酒が多い。近江の地酒については家鴨あひる先生が極めて詳細に述べられており、私は足元にも及ばないが、実家が小売酒屋のため、いささかごたくを並べるクセがある。最近のお気に入りは高島市の福井弥平商店の酒だ。店の近くには鮒寿司専門店の喜多品があり、晩酌では「やっぱ、萩の露と喜多品の鮒寿司はようあうなあ。やっぱほんまもんは違う。」等と、料理準備中の妻に語りかける。妻は、適当に10分に1回程度の相づちをうつ。すでにほろ酔い加減の私には絶妙の相づちとなる・・・・。
ほんまもんの作り酒屋の近くにはほんまもんの鮒寿司やがある。ほんまにすごいすごい。
ほんまもんの作り酒屋の近くにはほんまもんの鮒寿司やがある。ほんまにすごいすごい。
私もいい年(昭和45年生)になってしまった。子どもの頃は、都市に憧れ、金持ちに憧れ、自分自身にもいささか自信もあったが、結局今はしがないサラリーマンだ。しかし、子どもの頃には気づかなかったことも今は気づけることもある。それは、真面目に働く人たちが、いかにすごいかということを!!私はこのブログを通じ、わたしを取り巻く平凡な人たちが、一所懸命に生きながらいいものを作っていることについて、私自身が感じたままを述べていきたいと思う。

